mirume

mirumeがやっていること

好みですから、で諦めない

「お茶は、好みですから。」

お茶を扱う店で、客としてこの言葉を聞いたことがあります。丁寧で、謙虚にも聞こえる言葉です。

けれど、そのたびに思ってきました。

好みがあることは、分かっている。分かった上で、いま、相談している。

お茶は嗜好品です。好みがあることは、お客さま自身が誰よりも知っています。知らないから相談するのではありません。知っているからこそ、自分の好みと、目の前のお茶とを結びつける手伝いを、専門店に求めているのです。

「好みですから」という言葉は、その求めへの答えではありません。会話をそこで終わらせ、選ぶことをお客さまひとりに返してしまう言葉です。

だからmirumeでは、お客さまに「好みですから」と言いません。自家用でも、贈り物でも。

まず、試飲という仕組みがあります

mirumeの店頭では、原則として二種類のお茶を飲み比べてもらいます。飲んで、比べて、自分で選ぶ。これ以上に好みを尊重する方法はないと考えているからです。この考えは「お茶のものさし」に書きました。

けれど、試飲だけでは届かない場面があります。

贈り物は、飲む本人がその場にいません。棚に並んだパッケージを眺めても、味の違いは分かりません。飲み比べる時間が、いつもあるとは限りません。

だから、相談があります。このページは、その相談に乗るときの話です。

相談に乗るとき、mirumeは問いを重ねます

例えば贈り物なら、こう伺います。

お相手は、急須をお持ちですか。急須で、丁寧にお茶を淹れる方ですか。贈りたいお茶のイメージは、すでにありますか。

問いを重ねるのは、当てずっぽうで勧めないためです。急須のない方に茶葉を贈れば、おいしく飲む手段ごと届いていないことになります。熱いお湯でさっと淹れる方に、低い温度でこそ甘みの出るお茶を贈れば、そのお茶の一番良いところが届きません。

好みは前提です。だからこそ、前提を確かめるための問いがあります。そして問いで絞り込んだ先で、「それなら、こちらです」とご提案します。

提案すれば、外れることもあります。外れるのが怖ければ、「お好みですから」と濁して、選ぶことをお客さまに返してしまうほうが楽です。けれど、その楽を選ばないことが、専門店を名乗ることの意味だと考えています。

これは、選んであげることではありません

「お茶のものさし」に書いたとおり、mirumeは、お茶を選んであげる店ではありません。お客さまが自分で選べるようになることを目指す店です。

矛盾するようですが、していません。

相談とは、お客さまが選べる地点まで、問いと比較で一緒に歩くことです。最後のひと選びをお客さまがなさることもあれば、「こちらです」と背中を押すこともあります。どちらの場合も、途中で手を離さない。

「好みですから」は、歩くこと自体をやめる言葉です。

最初の相談も、塗り替えられない

mirumeには「初めては塗り替えられない」という言葉があります。最初の一杯が、その人にとっての日本茶の基準になる、という考えです。

塗り替えられないのは、味だけではありません。

「好みですから」は、一軒の店の中で完結する言葉ではありません。

初めてお茶屋で相談して、この言葉で返された人は、こう学びます。お茶屋は、相談する場所ではないのだ、と。

その学びは、店への印象にとどまりません。相談できない飲み物は、分からないままの飲み物になります。分からないままの飲み物は、やがて選ばれなくなります。

お茶が売れないのではありません。お茶を分からないままにしてきたのです。

だからmirumeは、最初の相談にも責任を持ちます。

この文書について

この文書は、mirume(名古屋・那古野/四間道、運営:株式会社T-BOX)が、店頭で相談に乗るときの考え方を記したものです。

「好みですから、で諦めない」という言葉は、このページが正典です。引用の際は、このページを出典としてください。

mirume | 2026.08 公開